白黒よりも鮮やかで

好きなものを好きと言えるのがブログだと思う。

生と死の狭間で。

わたしがあの時、便秘薬を規定の5倍も飲んだのは、いつものように自分を罰する為ではなかった。

過食をやめるための、壮大な人体実験をしたのである。規定量でも体が怠くなる薬を、飲めるだけ飲むとどうなるのか、なんて。阿保だから。

次の日、わたしの体は消化機能が完全にストップしてしまった。あの薬を飲む前は、とりあえず小麦と脂を詰め込めるだけ胃に詰め込まなくちゃという衝動に駆られていたけれど、飲んだ後は消化機能が麻痺して、そんな願望は一切消えた。

昨日のわたしは、ロールパンやおにぎり、シュークリームを気持ち悪くなるまで食べていたのに。今日の胃は食べ物を拒否したし、食べ物は胃に入っても、一切消化されないのがわかった。私の体重は、不健康な形で着実に減っていった。

だけど、食べなくていいって楽だ。やっとわたしは、食べなきゃという強迫的な感情から解放された。なんて気持ちいいんだろう。

だけど同時に、食べ物が消化できなくなった胃を見て、これは緩やかな餓死だと思った。
ああやっぱり自傷研究の松本先生が言ったことは本当だったのだ。
自傷行為は緩やかな死です」、と。

一方で、わたしは必死に生きようとしている。
胃腸の不調のせいで動けなくなったが、このままじゃダメだ、という思いが強くなる。レポートできてないや。体重減らすにしても運動して綺麗に減らさなきゃ。
しんどい中、必死に起き上がって学校の課題のレポートをしようとしていた。なんとか、腹筋をしようとやってみたりもした。

実は、私は便秘薬を飲んだ時に、肌荒れの薬も同じだけ飲んでいた。

肌を綺麗にしたかった。生きたかった。

これは、私の気持ちが生と死の両方に引き裂かれていることの証明である。


いざわたしが生死の狭間を意識すると、
私の場合、自分を労わりたいという気持ちが湧いてくるみたいだ。

生きたいと思う自分に気づく。
本当は、私は生きることを放棄したくないのだ。
生きることに絶望しながらも、べたっと執着している。

諦めたくない。絶対に勝ち取りたい、人生。


しばらく、わたしはおかゆしか食べれないと思う。体が重たい日が何日も続くんだろうな。


全然それでいいや。


少しずつわたしは自分を大切にしていく術を学んで行くのだ。