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白黒よりも鮮やかで

ブログ名を変えました。大学生、進級しました。

受験期を思い出す

 

2017年お正月、録画しておいたビリギャルを見て号泣した。

ラストシーンではなく前半で。

始まってすぐにボロボロと涙を零す姿に一緒に見ていた弟からは奇異の表情で見られた。

 

やはりわたしは受験とか、甲子園を目指すとかそういう青春ドラマが好きである。

全てを犠牲にしてたった一つの目標にひた向きになる姿は、やはり美学だと思う。

お前は無理だと周囲に言われながらも、心に決めた志望校を胸にスタートダッシュを切る姿、あそこにとても涙を誘われた。

サヤカが受験期の自分の姿に重なった。ああいうひた向きさはもう味わえない。わたしにとっての財産だった。

忘れていたものを思い出した。そんなお正月だった。

 

丁度それと被るくらい、大掃除の時に去年の日記帳を発見した。

私はそういう類のものは直ぐに捨ててしまうタイプなのだが、それは捨てるタイミングを逃したのか、捨てずに残されていた。

 

始まりは高3の夏の体育祭。楽しい思い出とか、見たドラマの感想とか、模試の結果とか、志望校を巡る喧嘩とか結構色んなことが書かれていた。

時系列もむちゃくちゃ。

どこが終わりだかわからない。

 

つい一年前のことなのに、覚えてないことだらけだった。

記憶のなかの私はあんこバターパンが好きだったが、

実はバナナアイスも好きで、

激しいロックソングばかり聞いていたと思っていたら

受験応援ソングも結構聞いていたようだ。

ノートに書かれた歌詞を見て思い出した。

 

けれど私が記憶してる私より、日記帳の私はずっと暗かった。

 

7:3でネガティブなことばかり書かれていた。

読むのも面倒で読み流したものがほとんどである。

 

文章を書きたくなるのは、決まって気分が落ち込んだり感傷的になるときだったから、というのもあるのかもしれない。

落ち込んだ気分は凝縮したらこれほど暗くなるのかもしれない。

 

一年前の私はほぼ別人で

もう今の私からは手の届かないところにいる。

 

 

わたしのモットーは常に「今を生きる」だったし、過去に囚われたくないと思ってきた。 

そういう自分が少し残念だった。

 

 

 

 

 

記憶なんて極めて曖昧なものである。(笑)

 

 

 

 

今地元でアルバイトの塾講師をしていて、

今度は中三の受験生をサポートする側にある。

たとえ志望校に入れなくても頑張った記憶は残してあげたいな、とそう思った。