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白黒よりも鮮やかで

好きなものを好きと言えるのがブログだと思う。

せかいいち素敵な女性の話

 

私が最も尊敬する女性の中に

来年の4月に100歳を迎える、ひいおばあちゃんがいます。

 

わたしの知る中で、誰よりも女性らしい女性です。

「女子力」では彼女に敵う人は誰もいないと思っています。

そのくらいわたしの自慢のひいおばあちゃんです

 

ひいおばあちゃんは

94歳に脳梗塞をおこして倒れる日まで、

毎朝6時に起床してメイクをし、ウィッグを被り、

きれいな指輪やブローチをつけているような人でした。

毎日どこに行くわけでもないのに、いつもおしゃれな女性でした。

倒れる日まですっぴん姿をちゃんと見たことがないくらいです。 

 小動物が大好きで、90を過ぎて韓流ドラマにハマり出す、いつまでも若いおばあちゃんでした。

 

わたしは小学生の頃、親の仕事の関係で週に2回は祖母とひいおばあちゃんが暮らす家に行っていたので、かなりのひいおばあちゃんっ子でした。

 わたしの記憶にあるひいおばあちゃんはソファーに腰を掛け、いつも穏やかに笑っていました。

 

わたしはそんな姿しか知りませんが、かなり壮絶な人生を送ってきたようです。

富豪の娘として生まれたけれど、父が保証人となってしまったせいで

他人の借金を背負うことになり全財産を失ったことがある とか。

 

 広島市内出身で、ひいおばあちゃんもまた原爆で被害を受けた一人でした。

ひいおばあちゃん自身は大阪へお嫁に出ていたので助かったのですが、

家族・親戚全てを失いました。

駆けつけて見れば皆眼球が飛び出していたそうです。

 

戦後はお店をするものの、経営が傾き、結局お店を畳むことになったとかいう話を聞いたこともあります。

 

一体どんな人生を送ってきたのか、

自分のことについてはあまり語らない人だったので詳しくはわかりません。

わたしも自分から聞くことはしませんでした。

 

そんなひいおばあちゃんも倒れてからは認知症が進行してしまい、

今は老人ホームにいます。

 

ホームではいつも猫のぬいぐるみを抱きしめています。

とっても愛らしいのですが、以前の姿を思うと少し寂しく感じます。

 

日によってボケが進んでいる日とそうでない日があるのですが、

先日会いに行ったときは、たまたま良い日で私のこともちゃんと分かってくれました。

ほとんど会話ができなくなったのに、私を見て「娘らしくなったね」と言ってくれました。

 

その時ちょうど、ホームの夜のご飯のタイミングに被ったのですが、それを見て唖然としました。

メニューはおかゆに具のないお味噌汁、ミキサーにかけた野菜、魚の形のかまぼこ

 このホームでは入所者に合わせて献立や硬さを変えるのですが、ひいおばあちゃんのはこのような感じでした。

 

ひいおばあちゃんほど高齢になれば、ホームでのイベントにも参加できず入所者は毎日寝たきりで過ごす日々。

唯一の楽しみといえば食べることくらいです。

 

上手く食事ができない人に人に固形物を食べさせると、ヘルパーさんは後の処理が大変という話を聞いたことがあります。人手不足のこのホームの都合もわかります。

 

けれど認知症になったと言っても、正常な感情がなくなるわけではありません。

おいしいものを食べたらおいしいと感じるし、人に会えれば嬉しいし、昔の写真を見れば懐かしそうな表情をしています。

その日はひいおばあちゃんは、わたしたちが持ってきたフルーツサンドとゼリーをおいしそうに食べていました。

 

正直ひいおばあちゃんに出された食事は、ただ栄養摂取を目的としただけのものにしか見えませんでした。自分でなにもできなくなったお年寄りをどこまで尊重できるのか、高齢化社会の課題を垣間見た気がします。

 

ひいおばあちゃんの老いを間近で見てきましたが、決して綺麗なものありません。

ドラマのように綺麗に弱って綺麗に死ぬなんてあり得ない。

けれどボケて何もわからなくなった状態で出る言葉や仕草は

きっとひいおばあちゃんが人生をかけて築き上げたものなのだと思います。

 

本当に優しい人だったから

いまもなお、優しい言葉をかけてくれる。

いつまでも素敵な女性でいたいと思い続けた人だったから

いつまでも自分の一番素敵な表情を出すことができる。

 

ひいおばあちゃんの生き様には憧れます。

だから今は美味しいものを食べて、綺麗なものを見てほしいと思います。